誹謗中傷訴訟に関して思う話



 

かなり眠いんだが、なにか書いておく。

 

私がわりと熱心に読んでいるブログの記事がはてなブックマークでバカ呼ばわりされて、ブックマークを全非表示にしてしまったということが本日ありました。

 

それとツイッターのいいね訴訟の話題。

 

あるいはnoteのIPアドレス漏洩に関わり同一IPの話をしたりイソジンでインサイダーを疑うことも、法的対応しますよとチラつかせたりする。

 

遡るとテラハ事件。

 

なんでしょうね、これは。

難しい話題だ。

 

まあでも実際に誹謗中傷というのは、確かにありますよ。

大雑把なレベルでは。

 

ただネットは直接会話とはやはり違うんだよな。

だから良い悪いではなく、擬似環境であれVR環境であれそれが行われるツールごとの特性、たとえば距離感や機能は個別に考慮する必要がある気はする。

例えばブックマークとツイッターのリプは微妙に距離感が違う。

またはYouTubeのコメント欄も。

 

リアル世界の誹謗中傷と違うのは、ネットだと第三者に向けて発せられている可能性があるってのは重要ポイントだと思う。

つまり機能が重複してるんだよな。

意見や感想を共有する機能と、発信者に直接コメントを伝える機能が重複している。

兼ねている。

そこが話をややこしくしている。

 

特に結論はないんだが、感想はある。

 

誹謗中傷訴訟をチラつかせる人々は概ねダサい。

何でダサいんだろう。

自分がやっちゃったことに対して誹謗中傷の法的対応という概念を利用して火消ししようと利用している感じがするからか。

ださ。

これは誹謗中傷か。

誰が、とはいってないからセーフです。

行為全般に対して向けられた言葉はセーフティーですよね。たぶん。

 

しかし、訴訟自体はそんなに悪くない流れかもしれないな。

人はおよそ自分にリスクを感じなければ他者に優しくなどなれないから。

ましてや匿名や捨て垢などで他者に優しさ??そんなもんあるか。人間に期待しすぎでは。

ところで私がそこそこ実名を出しているのは主に自戒のためです。

あまり優しい人間でないので、あえてリスクを大事にして自分を律しているわけです。

自己制御装置としての実名。

そういうささやかな知恵です。

それはどうでもいい。

 

しかし、やっちゃった状況で訴訟のチラつかせにより事案について話すこと自体がリスクであるように見せる仕草はなんというか、非常にダサい。

さっきいったけど。

 

かといって、やっちゃった状況というのは叩いていいと勘違いする烏合が多数現れるのも事実なので、ということはいっておくことはそれなりに必要なのかな。

それで精神的に追い込まれることもあるか。なるほど。

ということは、結論としてはよくわからん。

続く、だな。