批判と圧力の話題



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つうかこれほんとにこれからの社会で合意とってかなきゃいけない問題だと思うんだけど

どこまでが自由な批判・批評で、どこからが圧力か

ってその場その場でブレないそれなりの基準がいると思うわ

 

 

批評や批判っていうのは実際のところ、ソフトな圧力として機能していると思う。

ある企業の広告がネット上で圧倒的に批判され炎上すると、企業はビジネス上その表現を撤回せざるを得なくなる。ビジネス的な観点から。

これはでも、批判した一人一人は感想をいっただけ。

それが集まればすごい力になる。

圧。

でも、いや私たちは不快感を表明しただけ。

そしてそれは多くの賛同を得た。結果その表現を撤回させた。

私たちは正しかった。これは加害でも表現への規制でもない。

感想だ。そしてそれは民意であった。

そういう態度はいい加減どうなんだろう。

都合が良すぎないか。

否定的な意見ってのはどうあれ多少なり加害性があるよ。

発信者の表現を否定しているわけだから。

この世は殴り合いでしょ。しょせんは。

人間ひとりひとりには僅かながらも力があることを自覚すべきでは。

人を死に追いやるくらいの力はある。

いやいや、感想感想。

加害の意図はありませんとセーフティーぶるのはずるい。

自由な否定的意見というのは表現者からすればわずかな圧力だよ。

じゃあみんな加害はやめましょうと言いたいわけじゃ全然ない。

むしろ僅かながらも発信力を持った力ある市民として自覚を持って殴りましょうといいたい。

しかしじゃあ、その結果表現者がなにかを撤回したらそれは表現への圧力なのか。

うーん。厳密には違う気はする。いわゆる表現規制という意味では。

なんだろう。新種の攻撃方法? 集まった負の感情により結果的にそう見える圧力?

SNSでの炎上というのはあくまで公権力的な表現規制や弾圧ではなく消費者的な圧なので、強いていえば市民運動に近いような。

つまり民間人どうしの殴り合いなんだよなあ。

でも表現というのはビジネスと切り離せないものなので、消費者から圧がくるのはやっぱりまずいし失敗だから効果があるわけだよね。

もういいや。考えるのに飽きた。

しかし、そういった意味でツイッターは正しく公の場になったんだろう。

ほぼ社会。そんなまともな場所、私みたいな人間が居心地いいわけもなかったな。

 

・「その表現を取り下げなければガソリンを撒く」などの脅迫

 

そりゃこんなのは犯罪だから論外だけど、私がいつも気になるのはもっと繊細な部分の話かな。

 

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